経堂緑岡教会の沿革

1930年 日本メソジスト教会は「東京郊外伝道会」を創設。
その働きの中で、4月20日、経堂の地に「日本メソジスト教会東京郊外伝道所」 が設立される。
1931年 「日本メソジスト教会経堂教会」となる。
初代牧師は、木原外七(きはらほかしち)牧師。
1941年 「日本メソジスト教会」は、その他のプロテスタント教会と合同して 「日本基督教団」となる。
それに伴い、本教会の名称も「日本基督教団経堂教会」となる。
1969年 当時、青山学院大学礼拝堂で礼拝をしていた緑岡教会と合同して、 「経堂緑岡教会」と改称。
1970年 現会堂が完成。
1999年 4月、一色義子牧師が、第9代主任牧師として就任。
2000年 わかりやすい言葉遣いで編集された『讃美歌21』を使用開始。
(ちなみに、480番はブラジルの讃美歌で、松本敏之牧師の訳によるもの。)
2002年 3月、一色義子牧師、主任牧師を辞任し、協力牧師となる。
4月、松本敏之牧師、第10代主任牧師として就任。
2014年 3月、一色義子牧師、協力牧師を辞任。
4月、八重樫捷朗伝道師、就任。
2015年 3月、松本敏之牧師、主任牧師を辞任。
3月、八重樫捷朗伝道師、主任担任教師を辞任、4月から、会津若松教会へ。
4月、増田琴牧師、第11代主任牧師として就任。