嘆きから希望へ

哀歌3章1〜26節
マルコによる福音書10章46〜52節
2008年1月20日
米国センテナリー合同メソジスト教会牧師
久山康彦リチャード先生


 私は在米20年になります。 日本に来ると、 皆さんには普通のことでも不思議なことがあります。 日系三世が日本に来ると、 まず驚くのは日本人が多いことだと言います。 誰もがアジア系の顔をしているし、 誰もが日本語を話している。 当たり前のことなのですが、 多くの民族が集って暮らしているロスアンゼルスから来ると、 非常に不思議に見えるのです。 言葉も同じです。
 我が家は家の中ではなるべく日本語を話すようにしていますが、 妻とは日本語、 アメリカ生まれの娘たちとは英語で話すことが多くなってきます。 すべてが日本語になると何か不思議な気持ちになってきます。
 英語は多くの日本人が苦労する一番の課題です。 よくアメリカにいれば数年で英語が話せるようになると言う人がいますが、 私は 「英語がやさしい」 という人をあまり信用しません。 アメリカに住むと英語の難しさを肌身にしみて感じます。 なぜなら語彙や言葉づかいによってアメリカ人はその人の教育程度をはかりますし、 誰にでもわかる文書を書くことは容易ではないからです。
 私は、 文章を書きますと、 次女のケイティーによく見てもらいます。 彼女はコンピューターの前に座り、 小さな指でぱたぱたとキーボードをあやつり、 あっという間に直してしまいます。 時々、 文法的には間違っていないのに、 どうしてその文章を直したのかを聞くと 「こういう言い方はしない」 と言うのです。 そして、 読み直してみると、 確かに彼女の直した方がわかりやすいのです。

 日系アメリカ人教会は、 日系人がアメリカ社会で生き残る過程ででき上がった経緯があります。 言葉の問題は言うまでもなく、 いわれのない民族差別の為に、 アメリカでどのような待遇を受け、 その精神性が傷付けられたかは枚挙にいとまがありません。 日系人にとって、 戦時中の強制収容は、 アメリカで生まれた二世までもセカンド・クラスの市民として位置づけられた経験であり、 その影響は現在まで続いているのです。 このような経験をすると、 何故、 神様は様々な民族、 言葉、 文化を造られたのかと聞きたくなります。
 このことについて創世記の 「バベルの塔」 の物語以上に示唆を与えてくれる物語はないでしょう。 旧約聖書は、 私たちの神が人間を 「散らし」 「集められる」 神であると語ります。 では、 なぜ神は私たちに様々な民族や言語という違いを与えて散らされたのでしょうか。 アメリカにいる人々は散らされた経験を 「ルーツ」 や 「家族史」 という形で語ります。
 私はこの問いを旧約学者ウォルター・ブルグマン博士に投げかけ対話をする中で整理してきました。 彼は 「散らし集められる神」 が言葉を乱されたのは人間の傲慢に対する罰ではなく、 相互に注意深く聴き合うためであるという理解を示されました。 この理解に私たちは大きな衝撃を受けました。 あの辛い経験がお互いを聴き合うためのものであったというのです。 私たちの 「違い」 がお互いの理解を深める 「恵み」 であるとすれば、 私たちは、 どのようにその 「恵み」 を使い、 どこへ向かえばよいのでしょう。 この問いは、 単に日系人教会の問題ではなく、 誰にでもあてはまる普遍的な問いではないかと思います。 各自がそれぞれの所に散らされ、 自分の選ぶことのできない状況の中で、 様々な人々と暮らす以上、 これは誰にとっても大切な問題ではないでしょうか。
 この理解を進める上で哀歌は重大な示唆を与えていると思います。 哀歌3章はバビロン捕囚前の悲劇的状況をリアルに伝えています。 バビロンのイスラエルの民はその文化的なレベルも、 軍事的な力も比較にならない現実を目にしていました。 ベルリンのペルガモン博物館に行くと、 ドイツの考古学者が発掘した、 バビロンの文化を象徴するイシュタール門の実物を見ることができます。 その美しさと巨大さを見たイスラエルの捕囚民が 「もうだめだ」 と思い、 「これからどうすればいいんだ」 と嘆いた光景が目に浮かびます。 その現実があまりに悲惨なので、 詩人はその原因を自分たちが神に背いたことを知りながらも、 嘆きをやめることができません。 現実を神に嘆かなければ発狂しそうな詩人はその中で極めて大胆な告白をしています。
 20節で詩人は、 神がその過酷な裁きの中にあって、 なお私たちの上から沈み込むように私たちを包まれると感じ語っています。 神は私たちが最も過酷な現実におかれている時に諦めているのではなく、 ご自身が私たちの上に覆いかぶさって包んでくださっているというのです。
 叫ばなければ自分を維持できなかったのは目の不自由なバルテマイも同様でした。 私たちは彼の目が不自由であった事実に注目しがちです。 しかし、 古代人の理解では、 その目が不自由な原因がより重要な意味を持っていました。 彼は神に呪われ罰せられた為に視覚を失ったと人々から言われ続けられてきたのです。 しかし、 彼は神が自分を呪うということをどうしても受け容れることができません。 彼が見えるようになりたいという言葉の背後には、 自分はなお愛される者だという確証が求められています。 そして、 主イエスは彼にその確証を与えられました。 「見えるようになる」 ことは、 まさに彼が神から愛されているということなのです。
 困難の中で、 そして多くの人に拒絶された中で、 なお私たちを包み込み愛される十字架の主イエス・キリストの愛は、 私たちにとって現実の出来事なのです。 その愛の経験から私たちの教会は、 自分たちの困難な状況の中で 「共に嘆く」 ことを学んできました。
 私たちの教会は言葉ができない為に差別され、 見下げられる経験の辛さを知っています。 仕事が無くて家族を養うことができない悲しさを知っています。 そして、 誰も友だちになってくれなかった寂しさを知っています。 同様に私たちを決して見捨てずに最後まで愛される神の愛を知っています。 ここに神学的な問いかけの具体的な応答が生まれてきます。 私たちが神様から与えられた 「文化」 「言葉」 を分かち合いながら、 キリストの愛を伝えるミニストリーは、 「嘆き」 から 「希望」 へと向かう現実的な活動として生まれてきます。
 私たちは自分たちの文化を使うことにより、 仕事のない違法移民に、 またギャングからぬけようとする若者に寿司技術を教えています。言葉が問題となっていた日本の児童養護施設の先生方とボーイズ・タウンの橋渡しを行ない、親に虐待されたり育児放棄されたりして児童養護施設に措置されてくる子供たちに最善の養護が提供できるようにプログラムを提供しています。私たちは、自分たちの移民としての経験、 異文化異言語の中で嘆いてきた自らの痛みを同じように辛い経験をしている人々と共に嘆き、キリストによって用いられることによって 「愛されている」 現実と実感を伝えるように召しだされているのです。私たちが行うミニストリーの一つ一つには深い 「嘆き」 と、 その嘆きを通して与えられる「希望」 が隠されています。
 アメリカの日系人のみならず、 あまりに過酷な現実に出会うと、 自己破滅に陥るか、 仕方がないと妥協の道をさぐるのが普通でしょう。 しかし、 聖書は、 私たちにその嘆きを共有する人々と 「共に」 嘆くことの大切さを語っています。 嘆きはつぶやきではありません。 嘆きは、 現実の深淵の中で神との新たな関係をもたらし、 希望へと私たちを導くのです。 自分だけ心地よくなる信仰は、 他者と嘆くことをしません。 「喜ぶ者と共に喜び、 泣く者と共に泣き」、 一緒に嘆く時に御言葉のダイナミックな力があらわれるのです。


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