大地のリズムと歌−ブラジル通信11

 10月12日は、ブラジルの子どもの日である。ブラジル・メソジスト教団では、毎年この子どもの日の前に、全国の教会および教会学校に対して、テーマを定めて「子どものための全国祈祷会」を呼びかけている。今年は、うれしいことに私の働く北東部オリンダのアルト・ダ・ボンダーデ教会が「全国祈祷会」の祈りの対象に選ばれ、<網を作ろう>というテーマで、全国のメソジスト教団の大人と子どもたちが、私たちのコミュニティーの子どものために祈りを合わせてくれた。

 昨年は、インディオのカイオワ・グァラニー族と共に働くタペポラン・メソジスト・ミッション(中西部マット・グロッソ・ド・スル州)のために祈り、献金が捧げられたが、後日教会の代表や子どもたちがその献金を届けた際、彼らはインディオの人々と交わり、貴重な経験をしたと言う。彼らにとって特に忘れることができないのは、インディオの女性達の網を作る姿であった。彼女たちは、年老いた女性から、若い女性、少女にいたるまで、伝統工芸である網を作ることを通して、その尊厳を回復していたのである

 今年の「子どものための全国祈祷会」の<網を作ろう>(FAZENDOREDE)というテーマは、前記のインディオの女性達の姿から生まれてきたと言う。<網を作る>という言葉のポルトガル語の第一の意味は、ハンモックなどの網細工や魚を捕る網を編んでいくことであるが、二次的には魚を捕ったりするために網を張ることであり、さらに祈りや連帯のネットワークを広げていくことにもなる。「今年の新しい計画のために、感激と愛と連帯と希望によって編まれた網を広げたい。大きな網を作り、これに加わろう。私たちすべての者が、教会の子どもたちと共にこの<キャンペーン>に参加できるように、愛は宣教から生まれてくることを忘れないようにしよう。私たちはすでに祝福されており、確かに私たちすべての者に神の愛が注がれているから」(メソジストの教会学校教師機関誌『ヘクリアール』1997年第3号より)。

ポスター
(ブラジルメソジスト教会、子どもの日祈祷会のポスター)

 私はこの祈りの<網>が日本の教会にまで広がることを願い、アルト・ダ・ボンダーデの子どもたちを紹介したいと思う。

 アルト・ダ・ボンダーデはオリンダ市の町外れの高台にある貧しい地域である。1950年代から人が住み始めてはいたが、電気がきたのがようやく1980年頃、バス通りに石が敷かれたのが1989年、教会のある地域に水道がきたのが1990年である。

 子どもたちの家庭環境は、概して複雑である。違う父親をもつ兄弟姉妹が、母親のみによって育てられているケースが少なくない。父親のいない家庭では、母親が一家の中心となって、外で働かねばならい。父親がいる場合でも、(失業中でなければ)共働きである。ほとんどの人の収入は政府の定める最低月給(約120ドル)であり、正式な雇用でなければそれ以下の場合も多い。家庭では子どもの面倒をみる余裕はほとんどない。

 そうした中で、早くから家を出てしまったり、シンナーを吸い始める子どもも少なくないが、教会の子どもたちは、厳しい環境の中にあっても協力し合って、よく家の手伝いをしている。まず子守。8歳くらいになると、女の子達は母親の代わりに小さな妹や弟の面倒を見始める。教会学校にも赤ん坊を連れてくるが、そうすると友だちも手伝っている。

 次に水汲み。地域に水道は来ているものの、メータをつけて水道を引いている家はほとんどない。教会(保育所)などの施設や水道を引いている家に水をもらいに行かなければならない。男の子はもちろん、女の子も一輪車に乗せられるだけのバケツを乗せ、水をいっぱい入れて押していく。小さな子どももペットボトルなどを使って、もてるだけ運ぶ。また地域が高台にあるためか、水道タンクはすぐに空っぽになってしまう。週に2回しか水があがって来ないそうだ。必ず水が出るのが、日曜日の朝。この時は、水を乗せた一輪車が街を行き交う。教会学校をしている間にも、子どもたちが入れ替わり立ち替わり、教会へ水汲みに来るのを見ると、少し複雑な気持ちになる。

 12歳くらいになると、女の子は一人前に母親の留守をあずかり、掃除、洗濯、料理などを始めるようになり、男の子は大工仕事などをするようになる。

 ちなみにブラジルでは学校は半日であるが、教育に対する家庭の関心も低いため、アルト・ダ・ボンダーデの子どもたちがこれらのことをしながら義務教育の8年を無事に終えるのは、かなり忍耐と努力を必要とすることである。

網を張る子どもたち
(聖餐台の上で網をはる子供たち。アルト・ダ・ボンダーデ教会学校)

 アルト・ダ・ボンダーデ・メソジスト教会では、1987年の創立以来、地域の人々と共に歩むために、「新しき民」保育所(約60人)とコミュニティーセンターを運営してきた。1989年には、付属の学校が始まった(幼稚園から小学校1年生程度。午前・午後あわせて120人)。いつか紹介したように、私はこの学校と保育所で、日本の紙芝居などを使って子どもたちと週に一度礼拝をしている。最も楽しい仕事のひとつである。コミュニティーセンターでは、再生紙でクリスマスカードを作ったり、木工所で職業訓練をしたりしている。また私の妻は、中学生位の女の子を対象に手芸教室を開いている。

 どうかアルト・ダ・ボンダーデの子どもたちのために、また教会やコミュニティセンターの活動のために、お祈りください。

(『福音と世界』1月号、1997年12月)

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