大地のリズムと歌−ブラジル通信17

「すべてに感謝」

 私はブラジル人の教会で働くようになって、いろんな賛美歌に出会った。もともと音楽的に非常に豊かな国であるだけに、賛美歌の種類も内容も非常に豊富である。サンバだけではなく、フォホー、バイアォン、ショッチなどここノルデスチ(北東部)特有のダンスのリズムの賛美歌もある。問題は、多くの場合、楽譜がないこと、しかも場所によって微妙に歌い方が違うことである。そういう難しい状況のもとではあるが、こうしたすてきな賛美歌を日本語でも歌えるように、また二か国語でいっしょに歌えるようにと願って、少しずつ日本語に試訳してきた。すでに10曲以上になったが、いつかそれらを順々に紹介する機会があればと思っている。今回は、日本人にも歌いやすい、すてきな賛美歌をひとつ、エピソードを交えてご紹介したい。これは、メロディーや歌詞から想像する限り、どうもブラジル製ではないように思うが、詳細はわからない(オリジナルをご存知の方があれば、ご教示ください)。「すべてに感謝」(GRACASDOU、「感謝します」の意)という曲で、ブラジルでは、よく知られた賛美歌の一つである。

 ブラジルの教会は、とにかく歌うことが大好きである。プロテスタントの教会では、たいていどこでも、礼拝が始まってから30分以上、次々にさまざまな賛美歌を歌い続ける。私の教会は小さな教会なので、その賛美の時間の中で、誰でも一週間を思い起こし、短い証しをしつつ、賛美歌を歌うことがゆるされている。この時に必ず前に出てくるのが、ルルーという女性であり、彼女が最もよく歌うのが、この「すべてに感謝」という歌である。彼女はこれを、八代亜紀も顔負けする程、全身全霊を込めて、熱唱するのである。私は彼女が歌うのを聞いて、この歌が大好きになった。

(1)
この命のゆえに、あらわされた恵みのゆえに、感謝をささげます。
未来に、過ぎ去ったすべてのことに感謝します。
あふれでた祝福に、愛に、悲しみに、
あらわれた恩寵に、罪のゆるしに感謝します。

(2)
空の青さに、そして雲にも感謝。
道のバラに、そしてそのとげに。
夜の暗さに、きらめく星に。
こたえられた祈願に、かなえられなかった希望に(感謝します)。

(3)
十字架と苦しみに、そして復活に。
はかり知れぬ愛に、心の平和に。
ほとばしる涙に、限りない慰めに。
永遠の命の恵みに。私は常に感謝をささげるでしょう。


(ルルーと娘ジュリアーナ)

 ルルーの生活は、端から見て、そう素直に「すべてを感謝」できるものではない。現在、38歳。55歳の夫との間に、3人の子どもがいる。夫は、5年前に脳溢血で倒れて以来、後遺症のため働くことができない。彼女は午前中、家の仕事をし、午後から夜にかけて、町へ「タピオカ」を売りに行く。タピオカとは、マンジオッカという芋の一種(キャッサバ)にココナツの粉を混ぜて焼いた、ここノルデスチの郷土菓子である。中にチーズをはさむこともある。ルルーは、人通りの多いパン屋さんの前で、それを炭火で焼き、一枚約90円で売る。日によって売れる数は全く違うが、一日20枚売れればいい方だと言う。それがルルーの家庭の全収入である。それで生活ができない時には、週末にニワトリの屠殺を手伝っている。

 ルルーは5月初めに子宮の手術をした。手術前、彼女は「手術は恐くないが、手術の後、しばらく働けなくなり、収入が途絶えてしまうことが恐い」と話していた。生活の保証も貯金も何もない。手術後の経過は順調であるが、彼女が語っていたように、二週間経った今も、彼女はまだ働くことができない。しかしそういう誰かが困った時には、ここでは、コミュニティーの人々が、みんなで助け合って生きている。一日一日を暮らすのにせいいっぱいの貧しい人たちこそ、率先して人を助けてあげている。そうしないとお互いに困難を乗り切ることができないことを、よく知っているからであろう。その点で、彼らは、お金のある人たちよりずっと優しいように見える。教会からも少し援助をし、私たちも「元気になったら、おいしいタピオカを焼いてください」と言って、プロパン・ガス代を出してあげた。ルルーは、困難の中でこそ、今日も神様に「すべてを感謝」して生きているのである。そうした彼女の信仰に、こちらが励まされる思いがする。私は彼女のことを思いつつ、一気にこの曲を訳してみた。日本の皆さんにもこの賛美歌を歌ってもらえれば幸いである。

 またブラジルの賛美歌に興味のある方は松本牧師までご連絡ください。試訳したものをお送りします。

「すべてに感謝」の楽譜がダウンロードできます。
楽譜(小)、JPGファイル、282KB
楽譜(大)、JPGファイル、773KB

(『福音と世界』7月号、1998年6月)

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