欧州旅行記(1)

牧師 松本 敏之


 1月22日から2月2日まで、休暇をいただいて、母と二人で、ウィーン、ザルツブルク、ミュンヘンを旅する機会が与えられた。主な目的は、ザルツブルク在住の教会員、田中通恵さんを訪ねること。通恵さんのご次女ヘルマン・アキコさんは、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団のヴァイオリニストであったが、2年前、定年退職されたのを機に、お母様をザルツブルクに呼び寄せられたのであった。アブラハムの旅立ちは75歳であったが、当時、通恵さんは90歳、よくぞ移住を決意なさったことと思う。
 ヘルマン家は、アキコさんのご主人コルネリウスさんがモーツァルテウムのチェリスト、ご長女コルネリアさんはウィーンで活躍中のコンサート・ピアニスト、という音楽一家である。ちょうど1月24日に、コルネリアさんがウィーン・コンツェルトハウスでピアノ・リサイタルをなさるというので、アキコさんはそれにあわせてウィーンに来られ、空港まで出迎えてくださった。私たちもこのコンサートに招かれ、貴重な至福の時が与えられた。
 ウィーンからザルツブルクは、アキコさんの車で移動。そのおかげで、ハプスブルク家の夏の離宮シェーンブルン宮殿や、作曲家ブルックナーが仕え、葬られていることで有名な聖フローリアン教会にも立ち寄ることができた。
 ザルツブルクでは田中通恵さんが待っていてくださった。通恵さんは、経堂緑岡教会の礼拝テープや祈祷会の聖研テープを何度も聞いてくださっていると伺っていたので、日本語の世界に引きこもっておられるのかと心配していたが、ドイツ語も日常会話位は不自由ないようで、ザルツブルクでの生活を楽しんでおられるご様子に一安心。経堂緑岡教会の方々の近況を報告し、再会を喜びあった。翌日は、アキコさんが日本食を作ってくださり、食後、小さな家庭礼拝を守った。
 1月27日は、モーツァルトの251回目の誕生日。モーツァルトの生家を含め、市内観光。ザルツブルクは、聞きしに勝る美しい、そしてかわいい街であった。ザルツブルク祝祭劇場では、モーツァルト・ウィークとして、連日モーツァルトのコンサートが開かれる。私は、あらかじめアキコさんにチケットを取っておいてもらったP・ブレーズ指揮ウィーン・フィルのコンサートに出かけた。モーツァルトはピアノ協奏曲第二四番。ドイツからも大勢の人が大型バス・ツアーでやってくる。みんなタキシードや美しいドレス。私は場違いの旅行者姿で少々肩身が狭かった。
 1月28日の日曜日は、通恵さんとアキコさんも一緒にザルツブルクで唯一のプロテスタント教会の礼拝に出席。カトリック教会に負けない大きな立派な石造りの会堂。礼拝は年配者を中心に50人位。バーバラ・ヴィーダーマンという女性牧師が、らせん階段で登っていく高い講壇から説教をした。暖房はなく、みんなコートを着たままの礼拝。聖餐式は、希望者だけが前方で半円形になってあずかる。讃美歌集はドイツ語圏で共通のもので、最後の4分の1程がオーストリア独自の編集になっている。礼拝後、コーヒータイムがあり、バーバラ牧師が私たちを紹介してくださり、親しい交わりをもつことができた。通恵さんと涙の別れをし、国際特急ECに飛び乗り、一路、ミュンヘンへ向かった。
(『いしずえ』第60号、2007年4月8日)


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