わたしはあなたのために祈った

イザヤ書55章6〜13節
ルカ福音書22章31〜34節
2003年4月13日 (棕櫚の主日礼拝)
経堂緑岡教会  協力牧師 一色 義子


(1)棕櫚の主日

 本日は棕櫚の主日です。先ほどお読みいただきましたイザヤ書にも「あなたたちは喜び祝いながら出で立ち平和のうちに導かれて行く」とあるように、主イエスは平和の主としてエルサレムに入城されました。今、私たちはイラクでの戦争をこの二十日間ほどテレビで見せられて、武力と権力と専制政治であったといわれるフセイン大統領の姿が見えなくなるという異様な状態を見せられています。こうして政権が変わることが平和なのだろうか、それにしても現代の戦争が情報戦争ともいわれますが、さしもの連日の情報も、その情報の後ろで、実は報道されない、見えないもの、悲惨な、悲しむべき現実が、知らされるよりもはるかに多く、それに目を注ぐことさえもかえって気づかなくされがちな新しい限界をも感じます。平和ということの深い意味を改めて思わされます。
 主イエスはろばに乗られてエルサレムに入られるという準備を弟子たちに申しつけられました。 ゼカリヤ書9章に

「娘シオンよ、大いに踊れ。
娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
見よ、あなたの王が来る。
彼は神に従い、勝利を与えられた者
高ぶることなく、ろばに乗ってくる
雌ろばの子であるろばに乗って。」

とあります。ろばは荷役に使われる動物として平和のシンボルとしてみられている故事を、主イエスはこのエルサレム入りに象徴的に平和の王としての姿を強調されました。ゼカリヤ書はこの先に

「わたしはエフライムから戦車を
エルサレムから軍馬を絶つ。
戦いの弓は絶たれ
諸国の民に平和が告げられる。」

とあります。バクダッドにアメリカ軍が巨大な戦車と爆撃機で入ったのと対照的です。
 このエルサレム入りこそ実は主イエスがすべての戦いを止めさせる平和の意思により、しかも行く手はそれを理解しない人々、権力者による受難への深い決意を心に抱かれての真実な平和のエルサレム入りです。それは罪ある人間の限界で、気みじかく相手をやっつけようとする、手に武器をとろうとする、暴力をふるおうとする人間の弱さに、主イエスはまことの平和の王として対峙される、そのためのエルサレム入りでした。
 主イエスのエルサレム入りを記したルカ19章28節にはその姿が目に見えるように記されています。人々は上着を脱いで主イエスの行く手に敷き、棕櫚の枝を手に、忠誠を誓うしぐさをもって、あたかも戦勝の王を迎えるように迎えます。そして弟子の群れは感動して声高らかに、

「主の名によって来られる方、王に、
祝福があるように。
天には平和、
いと高いところには栄光。」

と、歓喜の声をあげて、神を賛美しました。

(2)わたしはあなたのために祈った

 主イエスはこうしてエルサレムに入られてから、毎日エルサレムの神殿で教え、夕方にはベタニヤなどの村に引き上げられる日々が数日続きました。そして過ぎ越しの祭りの食事で、最後の晩餐のパンとぶどう酒を「私の記念として」与えられたその直後に、今日のルカによる福音書22章31節からの個所があります。
 最後の夜、主イエスが深く愛されたペトロに対して、直接に語りかけられたところです。しかも、岩のようにといわれて名づけられたペトロの呼び名ではなくて、もともと漁師だったときの普通の名である「シモン」で、呼びかけられました。
 「シモン、シモン、サタンはあなた方を、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。」それはあのペトロを含む弟子たちが誘惑に陥ることは避けられないことと熟知されている主イエスが、痛ましい思いをもってそれを指摘されて、しかも「しかし、わたしはあなたのために、信仰がなくならにように祈った。」と続きます。
 この「祈った」と訳されている言葉は、乞う、そう頼む、神への願いをこめた希い願い祈る祈りです。一般の祈りとは別の願う語が用いられています。これこそ主イエスのシモンのために神への「とりなし」の祈りです。「だから、」シモンの信仰はなくならない、と主イエスは信じられました。
 主イエスが、神に願い祈った、それだからです。これは将来に向かって主イエスによる保証です。「だから、あなたは立ち直ったら、」これも将来に起こる確実なことなのです。なんと言う主イエスの配慮でしょう。シモンはペトロとして立ち直る、と主イエスが明言されているのです。そして、そのときに「兄弟たちを力付けてやりなさい」これは主イエスのペトロへの任命です。使命をあたえられました。この愛、この弱い者をなお用いられ、信頼される主イエスの期待。主イエスはかくまでも弱い者を用いてくださるのです。
 イザヤ書の続きの55章10節には、

「雨も雪も、ひとたび天から降れば
むなしく天に戻ることはない。
それは大地を潤し、芽を出させ、
生い茂らせ
種蒔く人には種を与え
食べる人には糧を与える。
そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も
むなしくは、わたしのもとに戻らない。」

 神の言葉、神のご意志は、そのごとく必ずなる、と同様に主イエスの言葉はその様に必ずなるのです。ペトロをシモンと呼ばれるほどその弱さをご存知だった主は、にもかかわらず、その弱い者を用いられるのです。私たちもキリスト者などと自分も他人も自他ともにおおっぴらに認めていますが、実際はまことに弱い人間です。でも、その私たちを主は、主の愛の業のためにお用い下さるのです。なんという大きな、なさり方でしょう。それゆえにこそ私たちの存在の意味となるのではないでしょうか。
 ところがここでシモンは何と言ったかというと「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と。何としっかりした言葉、これこそ彼の本心でしょう。でも主イエスはそのもろさを御存知なのです。「ペトロ」。ここではその岩のごとき決意に対して、ペトロと親しく、愛を込めて言われます。実情はその呼び名と相反して、「言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度私を知らないと言うだろう。」と主イエスは言われました。
 今日と言われたのは、当時一日は日没から数えましたので、最後の晩餐から始まった金曜日、この続きで直ぐオリーブ山に行かれ、祈られ、逮捕され、真夜中の裁判となり、鶏が鳴き、朝9時に十字架となる、すべてがこの一日の内の出来事となるのです。
 こんな大事なときに、主イエスはペトロに最後の御命令というか委託をされました。それはどんなにも強くなっていたいというペトロの思いとは別に、そこには人間のどうしようもない弱さがある、それを認められた上で主イエスが期待をされるのは、ペトロは必ず立ち直るということでした。そしておそらくこの主イエスの言葉があったからこそ、ペトロは三度鳴いた鶏の声に悔い改めて、やがて、立ち直れたのかもしれません。

(3)にもかかわらず

 私たちが主イエスに従って生きる、という最高の道を歩もうとすることは、私たちが立派だからではない、この私たちを主イエスは赦し、用いてくださるのです。主イエスの弟子とは、決してすごい人ではないのです。でも、「にもかかわらず」主は用いられるのです。
 私が神学校に入って、出会った非常に印象に残った言葉、しかもそれまではあまり心に留まらなかった言葉は「にもかかわらず」という言葉でした。神学校に入り牧師になろうとする者は、こんな者が「にもかかわらず」召されたという思いが、十字架の赦しと愛の前に、神学的にも日常的にもしばしば感じさせられるのです。
 人間がこんなにもかかわらず、神は愛し、赦し、十字架において主イエスはそのあがないとして死なれ、神はその一人子を賜ったほどにこの世を愛されたのです。この愛にいかにお応えするかが、今、私たち一人一人は問われているのではないでしょうか。
 このレントの最後の受難週に、地上を歩まれた主イエスのシモン・ペトロへの具体的なかかわりと主イエスの神への彼のために願われたとりなしの祈りの思いに、深い主イエスの私たちへの哀れみを思います。弱いながらも、ありのままのもてあますような自分でありながらも、これほどまでに関わる愛と配慮の主にしたがって、赦されて、生きたいと改めて願います。はっきりわたしたちの限界は知られながらも呼びかけてくださる主、なお、にもかかわらず私たちに各自の存在の意味を与えてくださるこの主によって、生かされたいと切に願います。
 今週は主イエスが弟子の足を洗われた木曜日、そして十字架の金曜日がきます。
 主の復活なるイースターを前にした今週、心からの悔い改めと新しく生かされる決意を与えられたいと祈ります。