〜出エジプト記講解説教・続編(3)〜
申命記32章45〜52節
ヨハネによる福音書3章22〜30節
2007年3月25日 経堂緑岡教会 牧師 松本 敏之
私たちの人生には終わりがあります。どんなに祝福された人生にも終わりがあります。それは、誰一人として例外のない事実であります。他のどんなことが不公平であろうと、このことはすべての人に共通の、究極の公平さと言ってもいいかも知れません。私たちは、何か自分だけは例外のように思っていることがあるのではないでしょうか。私は、牧師という仕事柄、多くの方々の死に立ち会うことが多いだけに、かえってそのことは心しておかなければならないと思っております。
自分が死ぬという問題。自分がこの世から跡形もなく、存在しなくなるということ。これは人生の究極の問題であります。自分が死ぬべきものであることであることを知る。死を視野に入れて人生を送る。死は、それを視野に入れていなくとも、否応なくやってくるわけですが、死によってすべて意味がなくなってしまうような人生、言い換えれば、死を考慮に入れていない人生というのは、空しいのではないでしょうか。死が来たらすべてが終わってしまうのだから、それを考えないようにして生きるのが懸命であると考える人もあります。私たちは、私たち自身のうちには、死に打ち勝つ力をもっていないからです。しかし信仰をもつ者は、死を正面から見据えても、なお希望をもって生きることができるのです。それが信仰者の特権であります。
私たちは47回にわたって出エジプト記を読み、その後さらに3回、申命記を通し、モーセと共に出エジプトの道を歩んでまいりました。モーセは祝福された偉大な生涯を送りましが、そのモーセにもついに死ぬ日がやってきました。
「主はモーセに言われた。『あなたの死ぬ日は近づいた。ヨシュアを呼び寄せ、共に臨在の幕屋の中に立ちなさい。わたしは彼に任務を授ける。』
モーセがヨシュアと共に臨在の幕屋の中に立つと、主は雲の柱のうちに幕屋に現れられた。雲の柱は幕屋の入り口にとどまった。主はモーセに言われた。『あなたは間もなく先祖と共に眠る』」(申命記31:14〜15)。
モーセは、この神からの宣告を聞いた後に、民に向かってひとつの大きな歌を語り聞かせました。信仰の歌であります。
「わたしは主の御名を唱える。
御力をわたしたちの神に帰せよ。
主は岩、その御業は完全で
その道はことごとく正しい。
真実の神で偽りなく
正しくてまっすぐな方。
……
遠い昔の日々を思い起こし、
代々の年を顧みよ。
あなたの父に問えば、告げてくれるだろう。
長老に尋ねれば、話してくれるだろう。
……
主は荒れ野で彼を見いだし
獣のほえる不毛の地でこれを見つけ
これを囲い、いたわり、
ご自分のひとみのように守られた」(32:3〜10)。
いかに神様が選ばれた民を守り導いてくださったかということを改めて思い起こさせ、これからの約束の地での生活の基礎にしようというのです。
神様はモーセに、最後にネボ山に登るように命じられます。モーセは約束の地をはるか彼方に仰ぎ見ることは許されるのですが、そこに入っていくことは許されませんでした。それは聖書によれば、かつてツィンの荒れ野にあるカデシュのメリバの泉で、イスラエルの人々の中で神様に背き、イスラエルの人々の間で神様のきよさを示さなかったからだということでした(申32:51、出17:7参照)。
「あなたはそれゆえ、わたしがイスラエルの人々に与える土地をはるかに望み見るが、そこに入ることはできない」(32:52)。
この世的に言えば、これはとても残念なことです。あと一息です。もうゴールはそこまで来ている。目にも見えているのです。しかしそこにはいることはできない。その直前で、この道行きから離れなければならない。勝利の喜び、完成の喜びを、共に味わうことは許されない。モーセも最初にそれを聞かされた時は、どんなにか残念な思いをしたことでしょうか。「神様、もう少し、もう少しだけ、私を生かしてください。これまで40年間苦労を共にしてきた仲間たちと、その喜びを分かち合わせてください。」聖書には、この時、モーセがどういう心境であったか、書いてありませんが、そういう風に心のうちに祈ったのではないかと想像いたします。
しかしながら、モーセはそれを許されず、去っていくのです。神様の約束どおり、ネボ山の頂で死んでいくのです。34章にそのことが記されています。
「モーセはモアブの平野からネボ山、すなわちエリコの向かいにあるピスガの山頂に登った。主はモーセに、すべての土地が見渡せるようにされた。ギレアドからダンまで、ナフタリの全土、エフライムとマナセの領土、西の海に至るユダの全土、ネゲブおよびなつめやしの茂る町エリコの谷からツォアルまでである」(34:1〜3)。
これが神様のモーセに対する最後の配慮でありました。
「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした。あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない」(34:4)。
モーセはそこで満足しなければならないし、同時に満足することができる。「それでいいんだ」ということです。私たちの人生というのも、多かれ少なかれ、こういう面があるのではないでしょうか。私たちは、いつか自分たちの共同体の歩み、つまり家族や教会の歩みから、一人先に去っていかなければなりません。しかしそこで、続く者(教会の仲間であれ、家族であれ)に委ねることを許されているのです。そのことは、つきつめて言えば、私はやはり、モーセが見た約束の地の向こう、はるか彼方にイエス・キリストが立っておられるということではないかと思います。
神様が約束を与え、それを指し示し、そして「あなたはあなたの仕事をやり終えた。もうそれで十分。もう去ってもよい」と許されるのです。私たちは、神様の壮大な計画の一部を生きているのです。
ディートリヒ・ボンヘッファーとマーティン・ルーサー・キング、20世紀の殉教者と言われるこの二人には、生きた時代、国、活動の背景の違いを超えて、不思議な共通点があり、しばしば比較されます。実はこの二人、死ぬ直前に、それぞれにモーセの死について述べているのです。
ボンヘッファーは、ナチス・ドイツの時代に、最初は、ナチスに組みするドイツ国家教会に対して、イエス・キリストのみを真の主とするという告白教会を形成しましたが、やがてその運動も挫折し、ヒトラー暗殺計画を企てる程の政治的地下組織に加わっていきました。しかしそれも最後に発覚し、1945年4月9日、連合軍がドイツに入ってくる直前に、絞首刑になりました。39歳でありました。
一方、M・L・キングは、1950年代から60年代にかけて、アメリカ合衆国の黒人の公民権運動の中で闘った牧師であり、その闘いのさなか、1968年4月4日、暗殺されました。彼もまた39歳でありました。
この二人が、自分の死を予感しながら、モーセの死に言及し、それと自分を重ね合わせているのです。
ボンヘッファーは、その死に先立つ数ヶ月前、恐らく1944年の暮れ頃であると思われますが、「モーセの死」という大きな詩を、獄中で書き残しました。その一部を読ませていただきます。
「山のいただきに立つ
モーセ。神の人、そして預言者。
その目はまっすぐに
聖なる、約束の地に注がれる。
彼に死ぬ準備をさせるために、
主はこの年老いた僕のそばに寄られる。
山の高み、人々が口を閉ざすところで、
[主は]自ら彼に約束された将来を示そうとし、
この旅人の疲れた足もとに
彼の故郷をくり広げる。静かに挨拶し、
いまわのきわにこれを祝福して
安らかに死を迎えるために。
『遠くからお前は救いを見るのだ、
だが、お前の足はあそこに達することはない!』
そして年老いた目は眺める、飽かずに眺める、
はるかかなたにあるものを。黎明の中でかすむような[土地を]。
塵あくたでありながら、神の力強い御手でこねられ
捧げ物の器とされた――モーセは祈る。
『主よ、約束されたことを、あなたはこのように成就なさいます、
あなたが私に対して御言葉を破られたことは一度もありません。
それがあなたの恵みであれ刑罰であれ、
それらは常になされ、そして正しかった。
苦役から私たちを救い出して、
あなたの御腕の中に安らかに憩わせ、
荒れ野を通り抜け、海の波をくぐり抜けて
あなたは不思議にも私たちに先立ってここまで導いてこられました。』
……
『真実な主よ、あなたの不真実な僕は
よく存じています。あなたが常に正しくあらせられることを。
それゆえ今日あなたの刑罰を執行して下さい。
私を長い死の眠りへと取り去って下さい。
それゆえ疑う者には苦き飲みものを与えて下さい。
そして信仰はあなたに讃美と感謝を述べます。
あなたはすばらしい御業を私にして下さいました。
私の苦さを甘さに変え、
死のとばりを通して
この私の民が最高のうたげに行くのを見させて下さるのですから。』」
(ボンヘッファー「モーセの死」、『獄中書簡集』村上伸訳、p.460)
ボンヘッファーは、言うまでもなく、ここでモーセに重ねて、自分の心境を歌っているのです。
ボンヘッファーは、自分のかかわっている事柄に対して、正当化しようとすることはしませんでした。そのことの重みを深く受け止めながら、なおかつそれを引き受けなければならないという決断があったのです。
それから20数年後、M・L・キングは、アメリカ合衆国南部メンフィスで、凶弾に倒れるのですが、彼はその死の前日にこういう演説をしております。
「私には今何が起こるのかは分かりません。とにかくわれわれの前途には困難な日々が待ち構えています。しかし私にはそれはもう問題ではありません。なぜなら私は山頂に登ってきたのですから。私は心配していません。どなたとも同じように、私も長生きはしたいと思います。長生きにもそれなりの良さがあります。しかしそのことにも私はこだわっていません。私はただ神のみ心を行いたいだけです。
神は私に山に登ることをお許しになりました。私は辺りを見回しました。そして約束の地を見てきました。私はみなさんと一緒にはそこに行けないかもしれません。しかし私はみなさんに、われわれは一つの民としてそこに行くのだということを、知って欲しいと思います。私は今晩幸せです。私は何も心配していません。私の目が主の栄光を見たのですから。」
(『キング自伝』梶原寿訳、p.428)
これがキング牧師の、最後の演説となりました。偶然、二人の20世紀の神学者・牧師が、自分の死を視野に入れながら、モーセの死を思い起こしたというのは、不思議なことであります。しかし、この二人の言葉に共通して言えるのは、不安のただ中にあって、言いようのないおだやかさ、平安が与えられているということです。それはある種の断念ではありますが、悔しいという思いではなくて、すべてを神様に委ねた後に与えられる平安、そして希望ではないでしょうか。
私たちの人生や死は、ボンヘッファーやM・L・キングのような偉大な人生や死ではないかも知れませんが、やはり本質的には同じであると思います。
あの洗礼者ヨハネもまた、そうでありました。彼が獄中に捕らえられた時に、弟子たちがやってきて、こう言いました。「先生と一緒に活動していたあのイエスという人のまわりには、大勢の人が集まっています。」それを聞いて、ヨハネは自分の心境を、花婿に連なる友人の喜びにたとえました。「花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。だから、わたしは喜びで満たされている。あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」(ヨハネ3:29〜30)。このヨハネの言葉にも、空しさ、悔しさはありません。静かな、そして確かな喜びがありました。
私たち自身も、イエス・キリストにつながる者とされ、イエス・キリストを指し示し、それを次の世代の人へと委ねていく時に、そこに深い慰めと喜びが与えられ、また私たちの人生の意味がそこに見出されていくのではないでしょうか。