アメイジング・グレイス

イザヤ書43章1〜7節
マタイによる福音書1章18〜23節
2004年11月28日
経堂緑岡教会  牧師 松本 敏之


(1)讃美歌中の讃美歌

 ゴスペルシンガーのみぎわさんが素晴らしい歌声で、アメイジング・グレイスを歌ってくださいました。この曲は、日本でも、『白い巨塔』というフジテレビ開局45周年記念ドラマの主題歌に用いられ、すっかり有名になったようです。そこで歌っていたのは、ヘイリーというニュージーランド生まれの白人女性であります。これを録音した時は、ヘイリーは若干16歳であり、若々しいのびやかな、透明感あふれる歌声が印象的でありました。今日のみぎわさんも(16歳ではありませんが)、若い力に満ちた、みずみずしい演奏を聞かせてくださいました。
 『白い巨塔』で初めてこの音楽に触れた日本人は、それと意識しないで聞いたかも知れませんが、この曲は讃美歌です。それも讃美歌中の讃美歌、世界で最も愛されている讃美歌でありましょう。数年前のアメリカ人の最も好きな讃美歌というアンケートでは、堂々一位になっていました。アメリカ国内でも人種を超えて愛される讃美歌であり、また英語圏だけではなく、世界中の言葉に翻訳されて歌われております。私は7年間ブラジルで働きましたが、ポルトガル語ヴァージョンもありました。
 日本語の讃美歌にも何種類かの訳があります。主に福音派の教会で用いられています『聖歌』では、「驚くばかりの恵みなりき」と始まる歌詞で歌われております。(2001年発行の『新聖歌』でも同じ歌詞になっています。)日本基督教団出版局の『讃美歌』では、これまで第二編167番に「われをも救いし くしきめぐみ」という歌詞で収められていました。この名曲に対して、日本語の決定的な名訳がないというのが実情であろうかと思います。私たちの教会では、数年前から『讃美歌21』(1996)という新しい讃美歌集を用いていますが、この『讃美歌21』では、451番として新しい歌詞が載せられています。「くすしきみ恵み われを救い」と始まります。これまでの訳は「驚くばかりの」にしても「われをも救いし」にしても、それだけでは、Amazing Grace とわかりにくかったので、「くすしきみ恵み」という題で、よくなったのではないでしょうか。

(2)作者は、元奴隷船の船長

 さてこの讃美歌は、人種、国籍を超えて愛されてきたと申し上げましたが、どちらかと言えば、黒人たちが歌う歌としてよく知られているのではないでしょうか。私も昔は、黒人霊歌のひとつかと思っていました。実際、アメリカの黒人たちも、これを自分たちの心の歌、魂の歌として愛してきました。しかしこの歌詞を書いた人は、黒人ではなく白人、しかもこともあろうに、奴隷商人をしていた白人でありました。
 私は先日、NHKの「アメリカ 心の歌 Amazing Grace のルーツ」という番組を、ビデオで観ました。(これは地上波で放映された45分もので、その前にBS衛星放送で放映された「Amazing Grace の魂」という1時間半の番組とは、別の番組です。「Amazing Grace の魂」については、今日、司会をしてくださっている日下部さんが、2年前のクリスマスに発行された壮年会報『道標』の中に、詳しい紹介とコメントをお書きくださっていますので、ご興味のある方は、後でそれをご覧くださるといいと思います。)
 この番組の中で、この歌詞を書いたジョン・ニュートンの生涯や、彼の日記などが詳しく紹介されていました。
 ジョン・ニュートンは1725年イギリスに生まれ、1807年、82歳でこの世を去りました。先ほど申し上げましたように、若い頃、奴隷貿易船の船長でしたが、後に心を入れ替えて英国国教会の牧師になります。彼は、若い頃の自分をふりかえって、「放蕩者の無神論者で、恥ずかしい生き方をしていた」と書き残しています。
 ニュートンの生い立ちは、あまり幸せなものではありませんでした。船乗りの家に生まれ、小さい時に母親を亡くしています、学校にはほとんど行っていません。父親は船乗りでしたので、彼も一旦船乗りになりますが、長くは続かず、その後海軍に強制徴用されます。そこでも軍の規律を乱し、荒れた生活をしていました。「結局、船乗りになる運命だったのだろう。奴隷貿易の船に乗ることになった。イギリスの品を西アフリカまで運び、引き換えに、奴隷を連れて来るというのが仕事だった」と述懐しています。以下は、彼の日記の一部です。

 「1750年11月12日。朝クローシェが連れてきた7名の奴隷のうちから男3名、女1名、計4名を選ぶ。午後追い風に乗ってバナナ諸島に向かう。」「1751年1月7日、月曜日。今朝、オマーン船長が乗船。8名の奴隷をこちらの銃と交換する用意があると言う。しかし使い物になりそうなのは8名中たった3名。奴隷一人につき、銃6丁という条件を出してきたが、これは飲めない。夕方、女の奴隷を受け取り、奴隷番号46とする。あばれて手に負えない。」

 淡々と、事務的な調子で書かれているだけに、そこで行われていた非人間的な取引が、かえって生々しく伝わってくるのではないでしょうか。
 ニュートンはある日、大西洋の真ん中で嵐にあい、船が沈みかけるのですが、その時とっさに「神さま、お助け下さい」と叫んでいました。嵐がおさまって船室に戻った時、ニュートンは考え込んでしまいました。神など信じていなかったはずなのに、なぜ突然、「神さま」などと口走ったのか。ニュートンは、やがて、それが神の啓示であったこと、神の恵みが彼と共にあったことに気づきます。そこから彼の人生は少しずつ変わり始めました。

(3)すべての人の経験に通じる歌

 彼は1764年、39歳でオーニル教会の副牧師になり、その教会での集会のために多くの新しい賛美歌を書きました。その中のひとつが、アメイジング・グレイスでした。この讃美歌には、それまでの彼の経験、悔い改め、そこに降り注がれた神の「くすしきみ恵み」が見事に歌われています。

1 驚くほどの恵み 何とやさしい響きか
 私のようなみじめな者でさえ救われた
 かつて私は失われていたが、今見出された
 かつては盲目だったが、今は見える
2 私の心に畏れることを教えてくれたのは恵み
 私の恐れを解放してくれたのも恵み
 何と素晴らしいことか
 最初に信じた時に現れたその恵みは
3 多くの危険、労苦、誘惑を
 私は通ってきた
 ここまで私を無事に導いてくれたのは恵み
 恵みは私をわが家に導いてくれる
4 主は私によきものを約束された
 彼のみことばがわたしの希望の保証
 彼は私の盾、私の一部
 命の続く限り
5 この体と心が衰え
 死ぬべき命が終わる時
 私は手にいれるだろう
 隠されていた喜びと平和の命を
6 世界はまもなく滅び
 太陽は輝きを失うだろう。
 しかし私をこの世から呼び出す神は
 永遠にわたしのもの

 この歌は、ジョン・ニュートンという一人の人間を超えて、多くの人々、いやすべての人の経験に触れ合うものがあります。私たちは、この歌を聞きながら、そして歌いながら、「ああここには私の経験が歌われている」と、実感するのではないでしょうか。

(4)You Are Precious(あなたは貴い)

 今日、この歌を歌ってくださったみぎわさんも中学生の頃から大きな苦労をしてこられたようであります。新しく出された彼女のCDは、「世界で唯一の」と題されていますが、このタイトルは、このCDの中の You Are Precious という彼女のオリジナルソングに基づくものでありましょう。その中にこういう言葉があります。

You Are Precious
世界で唯一の君だから尊くて
And Love You
どんな姿に変わり果てたとしても

 You Are Preciousとは、「あなたは貴い」という意味です。これは、第二イザヤと呼ばれる預言者の言葉です(イザヤ43・4)。彼は、イスラエルの民がバビロニアという大国に捕虜となって連れ去られた時に、この言葉を語りました。イスラエルの民は、苦しい経験の中で生きる希望を見失っていました。それは大きな挫折でありました。何よりも苦しかったのは、神様の約束がわからなくなってしまったことでしょう。「神様はわたしたちを神の民として定め、祝福を約束してくださっていたではないか。その約束はもはや無効になってしまったのだろうか。」そのような苦しみと不安の中、第二イザヤは力強く、約束の言葉を語り直したのでした。

「恐れるな、わたしはあなたを贖う。
あなたはわたしのもの。
わたしはあなたの名を呼ぶ。

(名前は一人一人、人格として扱われることのしるしです。アイディーナンバーではない。奴隷番号ではないのです)
水の中を通るときも、
わたしはあなたと共にいる。
大河の中を通っても、
あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない。
……
わたしの目にあなたは価高く、貴く、
わたしはあなたを愛する。……
恐れるな、わたしはあなたと共にいる」(イザヤ43・1〜5)。

(5)神はわれわれと共におられる

 この言葉は、やがてクリスマスに、もっと確かな形で実現したと言えるのではないでしょうか。

「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(マタイ1・20〜21)。「『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神はわれわれと共におられる』という意味である」(マタイ1・23)。

 先ほどのイザヤ書に「わたしはあなたと共にいる」という言葉がありました。その言葉が体をとって、私たちに与えられた。それが最大のクリスマス・プレゼントであります。
 今日、キャンドルに一つ火が灯り、アドベントに入りました。クリスマスを待ち望む季節です。これが四つ灯った時、私たちはクリスマスを迎えます。「恐れるな。わたしはあなたと共にいる。」この言葉がクリスマスに実現したということを深く味わい、喜びの中、恵みの中を歩んでまいりましょう。


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