手をつなごう、世界はひとつ

詩編98編1〜9節
ルカによる福音書2章1〜9節
2005年12月25日
経堂緑岡教会  牧師  松本 敏之


(1)神がわれわれと共におられる

 クリスマス、おめでとうございます。今年は、12月25日がちょうど日曜日となりましたので、アドベントをきちんと4週間過ごして、5回目の日曜日に、このクリスマスを迎えました。そして同時に、今日が今年最後の日曜日となりました。
 皆さんは、今年はどんな1年を過ごされたでありましょうか。楽しい、喜ばしい1年であった方もあるでしょう。今年、人生の大きな一歩を踏み出した方もあるでしょう。しかし逆に、悲しい、つらい経験をなさった方もあることを知っております。大事な方を失った方も何人かおられます。ここに集われた方々は、そのようにそれぞれ違った経験をしておられますので、クリスマスを迎える思いも、さまざまでありましょう。
 ただ、ひとつはっきりしておりますことは、どのような経験をなさった方にとっても、クリスマスは深い意味があるということです。クリスマスは、すべての人にとって、喜ばしい知らせであります。うれしい経験をなさった方には、一層、喜びが増し加わる時であり、悲しい経験をなさった方には、その悲しみがゆるめられ、まことの慰めが与えられる時であります。
 クリスマスとは、「神がわれわれと共におられる」ということが明らかにされた日だからであります。マリアの夫ヨセフに現れた天使は、「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」(マタイ1:23)と言いました。このインマヌエルという言葉こそ、「神がわれわれと共におられる」という意味であります。もちろん、イエス・キリスト誕生以前も、神は人と共に、特にイスラエルの民と共にありましたが、クリスマスという出来事、「神の子が人としてこの世界に来られる」という出来事を通して、「神がわれわれと共におられる」ということが、よりはっきりと、より身近に示されたのです。それによって、神の決意が人間の目に明らかにされた。神が人と共に歩むという決意、神はどんなことがあっても私たちを見捨てることがないという決意であります。人間の悲しみ、喜びを上から眺めておられるだけではなく、同じ目線でそれを見、同じように悲しみ、同じように喜びを経験なさるために、人となられた。クリスマス、それは神の歴史と人間の歴史が交差した瞬間でありました。
 使徒パウロは、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人共に泣きなさい」(ローマ12:15)と勧めましたが、それは単なる勧めではなく、イエス・キリストというモデル、見本があったのです。まさに、イエス・キリストこそが「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」お方でありました。神が「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」ために、クリスマスの出来事は起こりました。先ほど、クリスマスはうれしい経験をした人にも、悲しい経験をした人にも意味があると、申し上げたのはそのことのためであります。

(2)この1年を振り返って

 この1年は、どういう1年であったか。一昨日、一色先生のお宅で行った青年会のクリスマス会の最後に、今年1年を振り返って、思うことを語り合いました。「私にとっては、どうだったかな」と振り返って考えてみました。教会の中の大切な人を失ったことは大きな悲しみでありましたが、私はその時、喜ばしいこととして、感謝をもって二つのことを思い起こしました。
 ひとつは教会が75周年を迎え、『経堂緑岡教会75年史』と教会員と召天者の「信仰の記録」『恵みの中を歩んで』という2冊の書物を完成し、出版できたことであります。多くの方々の努力の賜物であります。この出版以降、何度もこの書物を手にして、見ております。また多くの方々からお礼状やお褒めの言葉が届いております。
 もう一つは、アルセンヌ・ジャル・グロジャさんのための署名活動であります。アルセンヌさんのことは、もうすでにほとんどの方がご存知であると思いますが、2年前に、コンゴ民主共和国の紛争のさなか、生命の危険から逃れて日本にやってこられた方であります。難民として認められることを願っておられましたが、それが却下され、異議申し立ても却下されて、品川の東京入国管理局と茨城県牛久にある東日本入国管理センターに、あわせて9ヶ月間収監拘束されていました。この間、国外退去令書も出されましたが、裁判をしながら、今日にいたっています。
 イースターに洗礼を受けられた笹井小夜子さんは、昨年12月に、アルセンヌさんと、彼が収監拘束のまま婚姻届を出されていました。その後5月に、教会として、アルセンヌさんの仮放免と、在留特別許可を求める署名活動を実施したのです。これは私たちの教会としてはもちろん初めてのことであり、他の教会にも学ぶべき前例は、ほとんど、あるいは全くありませんでした。手探りでそれを始めた時に、アルセンヌさんの仮放免が実現しました。署名活動について詳しいことは、先週発行されました壮年会報『道標』に書きましたので、どうぞそれをご覧ください。アルセンヌさんは、仮放免後、経堂緑岡教会に熱心に真面目に通い続けておられます。今日はその1年のしめくくりとして、私たちはアルセンヌさんを、教会員としてお迎えすることになりました。
 今日の礼拝は、成田孝雄さん、成田清子さんの洗礼式があり、アルセンヌさんの他にも松井亮輔さん、弘子さん、木田悦子さんを、教会員としてお迎えいたします。また週報に記しましたように、去る12月17日には、平尾ていさんの病床洗礼を行いました。こんなに大勢の方々をお迎えし、本当にうれしい、豊かなクリスマスになりました。そのお一人お一人はかけがえのない方々であります。

(3)アルセンヌさんの転入会

 そうした中で、外国の教会からの転入会ということは、また特別な意味、社会的側面をもっていると思います。昨年のクリスマスには、米国合同メソジスト教会から桑原ジュリアさんを教会員としてお迎えしました。それによって、何か世界が広がったような気持ちになりました。気持ちだけではありません。アメリカの教会と日本の教会の間に架け橋ができた。アメリカの教会と私たちの教会が、一人の主、イエス・キリストのもとにあるということを確認することになりました。
 今回のアルセンヌさんの場合は、ましてや、紛争の真っ只中にあるコンゴ民主共和国のコンゴ・キリスト教会からの転入会であります。私たちの世界は、彼の転入会により大きく、ある意味で否が応でも広げられることになります。コンゴ、その国にも私たちと同じ信仰に生きる兄弟姉妹があり、主イエス・キリストの教会があるのです。コンゴ民主共和国から来たアルセンヌさんを、教会員として迎え入れるということは、アルセンヌさんという個人をお迎えするということであると同時に、彼の信仰を育んだコンゴ・キリスト教会のことを覚えて祈ることであり、彼を通して、コンゴの教会、そしてコンゴの国と結びつきができたということを意味していると思います。
 そもそもなぜ彼がここにいるのかということを考えなければならない。そこには世界の痛みがあるのです。世界が平和であれば、彼が日本に来ることもなかったでありましょう。しかし彼がここにいるということは、私たちにとっては恵みであり、神様の、私たちの思いを超えた配剤がある。神の歴史が、ここ私たちの教会に突入してきているということを、思うのであります。
 私たちは、彼の背景を抜きにして、アルセンヌさんという個人だけを受け入れるということはできません。もしもその背景を考慮しないならば、それは彼に日本人になることを求めることでありましょう。そういうのを同化(政策)と言います。日本の国は、そして日本人は、この同化政策が好きなのですが、それは、文化的な豊かさをかえって台無しにすることです。違った人を受け入れるということは、そこで何らかの形で、お互いに理解しあうことが必要になってきます。一方にだけ、それを強いることはできない。それがたとえ100人対1人であってもそうです。しかしそれが違いを乗り越えて、一つの調和となる時に、必ずその共同体は成長し、豊かにされます。世界史を見る時にも、違った文化と接した時にこそ、豊かな文化になっていったのです。
 私は、アルセンヌさんを、ただお客さんではなく、教会員としてお迎えするということは、教会に、今後の(コンゴの?)大きな課題が与えられたと、受けとめております。
 私たちの教会には、アルセンヌさんの他にも、たくさんの国から大勢の外国人が来ておられます。聖歌隊で歌ってくださっていますハンナ・ダットさんはインドの出身です。しかもお父様はキリスト教の宣教師として中東のオマーンで働いておられます。韓国からも朴さんや李さんがおられます。我が家にもブラジル生まれの息子もがいます。日本から外国へ行っておられる方もたくさんあります。オーストリア、ザルツブルクの田中通恵さん、イギリス、ロンドンの柳さんご夫妻はじめ、教会員名簿を見ていますと、外国在住の方がたくさんあります。カナダ、バンクーバーの松本真奈さん、米国カリフォルニア州に留学中の松本光加さんなど、数え上げればきりがありません。
 私たちは、そういう豊かな交わりの中に入れられている。その人たちが、何か風穴を開けてくれて、教会に豊かさをもたらしてくれていると、改めて思うのです。

(4)歴史という縦軸と世界という横軸

 そうした中で、私たちは今年のクリスマス、「手をつなごう、世界はひとつ」という標語を掲げました。そしてより大きな年度の標語は、「開かれた教会」であります。
 私は今年の特筆すべきこととして、教会の75年周年事業と、このアルセンヌさんの、署名活動を挙げました。特に4月〜7月、他のいろんなことも重なりまして、大変な4ヶ月でしたが、この二つを同時に行うことによって、歴史という縦軸と、世界という横軸を見据えて歩むことができたと思っております。それをしっかり見つめることで、自分たちの立っている位置を見極める。歴史的使命、世界の中での使命を見極める。そうした時を過ごすことになりました。

(5)最初のクリスマス

 2000年前のあの最初のクリスマスも、同じように歴史と世界という縦軸と横軸の中で起こった出来事でした。ユダヤの長い歴史の中で、ユダヤの人たちの待望が成就した。あの出来事には長い歴史があったのです。私たちは75周年をお祝いしましたが、それよりもはるかに長い歴史の待望の中で、クリスマスが起こりました。
 そしてそれは世界への広がりがありました。ヨセフとマリアが、ベツレヘムへ行ったということ自体が、皇帝アウグストゥスから出された人口調査という勅令のためでした(ルカ2:1〜3)。それは世界全体(地中海世界)を視野に入れたものでした。そのために彼らは移動したのです。貧しい人々にとっては大変なことでありました。とにかく行かなければならない。そこでガリラヤの町からユダヤのベツレヘムへと出かけて行った。泊まるところもない。ある種の政治難民であります。しかしそうした歴史と世界の流れに翻弄されている貧しい夫婦のもとに、神の子は場所を定めてお生まれになったのです。神がわれわれと共におられることを示すために。
 この知らせを最初に聞いた羊飼いたちも、社会的には苦労をし、蔑まれた職業の人々でした。寒い夜に、野宿しなければならなかった人々です。そのような人々を選んで、天使はクリスマスの知らせを届けたのです。

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」(ルカ2:11〜12)。

 この「しるし」でなければならなかったのです。貧しさの象徴のような飼い葉桶であります。王様の羽根布団では救い主のしるしにならなかったのです。
 羊飼いたちは、その子を探し当てました。そしてクリスマスを祝いました。そしてそこからまた、自分たちの持ち場へと帰って行きました。来る時と帰る時は、気持ちも変わっていました。見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行きました(ルカ2:20)。
 私たちはいかがでありましょうか。この1年を振り返って、それぞれ思い起こすことがあられることと思います。これからクリスマスのお祝いをし、家路に着く時に、この羊飼いたちと同じように、喜びに満たされて、神様を賛美しながら、帰って行けるようにと願っております。
 まことの主が、この場にもご臨在くださり、喜ぶ人にはさらに大きな喜びを、悲しむ人には上よりのまことの慰めを届けてくださいますように。


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