神の家族

〜2006年度教会標語による説教〜
詩編133編1〜3節
ローマの信徒への手紙12章9〜21節 
2006年4月30日
経堂緑岡教会  牧師 松本 敏之


(1)「開かれた教会」から

 2006年度が始まり、早一ヶ月が経ちました。私たちは、2003年度からこれまで3年間、「開かれた教会」という標語を掲げて歩んでまいりました。2004年度には、この標語のもと「主の栄光が現れるために」、2005年度は「主を賛美しつつ」という副題を掲げました。今年度、私たちに与えられた年間標語は「神の家族」というものであります。今日は、この「神の家族」という標語と、それに即して定めました年間聖句を心に留めて、御言葉を聞いてまいりましょう。この標語と年間聖句は、週報の表紙のところに印刷されています。
 私たちは、2005年度、普段の年にはない大きな二つのことをいたしました。ひとつは、教会創立75周年記念事業であります。1年前の4月24日、創立75周年記念礼拝を、第五代牧師であられた深町正信先生を説教者として迎えて礼拝を守り、それに続いて祝賀会をいたしました。また75周年を記念して、『経堂緑岡教会75年史』と『恵みの中を歩んで−信仰の記録』の2冊の書物を発行しました。この書物の編集を通して、またできあがった2冊の書物を読んで、私は、神様がこの経堂の地で働いてくださったということ、多くの人々を用いて、現在の経堂緑岡教会を築いてくださったということを、感慨深く思い、神様に感謝いたしました。それからまた私たちは、新しい次の1年を刻んだのであります。
 その新しい1年の間に、私たちは「開かれた教会」という標語にふさわしい一つの取り組みをいたしました。グロージャー・ジャル・アルセンヌさんの仮放免と在留特別許可を求める署名活動であります。昨年5月の長老会で、それを決定し、全国1700余りの教会に署名願いと署名用紙を送り、15360名の署名を受け取りました。アルセンヌさんは、6月3日仮放免となり、教会で交わりを深めてこられました。12月25日には、正式に教会員になられました。そしてちょうど年度の終りの締めくくりのようにして、3月24日、在留特別許可が実現したのです。今日の週報にも記しましたように、先週は大勢の方々の協力を得て、署名活動にご協力くださった諸教会や個々人の方々にお礼と報告のハガキを、約430通、人海戦術で一気に発送いたしました。これで一応、この署名活動も一区切りとすることができたかなと思っております。
 2005年の終わり、クリスマス礼拝の際にも申し上げたことですが、この75周年記念事業と、アルセンヌさんのための署名活動という二つの大きな取り組みによって、奇しくも私たちは歴史という縦軸と世界という横軸を同時に見据えることになったと思っております。『経堂緑岡教会75年史』には、ここ3年間、私たちが掲げてきた教会標語である「開かれた教会」という言葉を副題に掲げましたが、こうした教会の姿勢の中でこそ、この署名活動も初めて実現したものでありましょう。

(2)まことの神の家族を形成する

 そのような1年を過ごす中で、私の中に自然に心に浮かんだのは、「神の家族」という言葉でした。教会は神の家族である。慣れ親しんだ言葉、ある意味では新鮮味のない言葉でありますが、私は、昨年の1年の歩みを通して、改めてこの言葉の深さと広さ、そして重みを感じました。
 この2冊の書物そのものが、「経堂緑岡教会という神の家族がここにある」ということを強く自覚させてくれるものでした。教会の歴史とは、神の民の歴史であり、神の家族の歴史であります。ここに私たちの肉親の家族を超えた神の家族があるのです。そしてそれぞれの家に系譜があるように、ここにも信仰の系譜があります。「誰が誰の息子であり、誰が誰の娘で嫁ぎ先はどこ、この人とこの人は親戚。」ここに来られた方々にも、それぞれにさまざまな関係があり、出会いがあります。普通の家族と違うのは、家長がイエス・キリストであり、やたら養子と養女が多いことでしょうか。いやみんなが養子と養女だと言ってもいいかも知れません。
 そして『信仰の記録』の方は、まさに「経堂緑岡教会」という神の家族のプロフィールであります。この神の家族は、過去と現在の両方にまたがっております。この書物の題名は、公募をして、みんなで『恵みの中を歩んで』という表題を選びましたが、「神の家族」という候補もあったように思います。
 主イエスは言われました。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」そして弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」(マタイ12:48〜49)。
 「開かれた教会」ということを意識して歩んできた私たちが、今、心に留めるべきことは、そこにまことの神の家族を形成するということではないでしょうか。もちろん、このことは開かれた教会が内向きになるということではありませんし、あってはならないでしょう。「神の家族」という言葉は世界へと広がる大きな概念であり、その視点を決して忘れてはなりません。それでいて、いやそれだからこそ、ただ単に開いているだけではなく、そこに心通いあう家族としての真の交わりを作り、表面的ではない共なる歩みをしたいと思うのです。

(3)見よ、兄弟が共に座っている

 年間聖句は、旧約と新約の両方から1つずつ、掲げました。旧約の方は、詩編133編の1節であります。

「見よ、兄弟が共に座っている。
なんという恵み、なんという喜び。」

今朝の礼拝の冒頭で歌った讃美歌162番は、この聖句をそのまま歌ったものです。

「かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り
衣の襟に垂れるアロンのひげに滴り
ヘルモンにおく露のように
シオンの山々に滴り落ちる。
シオンで、主は布告された。
祝福と、とこしえの命を」
(詩編133:2〜3)。

 この讃美歌は本当に味わいのある、歌うごとにその恵みを深く感じる美しい讃美歌です。この歌を作られた塩田泉さんという方はカトリックの神父で、私たちが8月によく歌いますという「キリストの平和」(『こどもさんびか』34)という讃美歌を作った方です。
  「座っている」という言葉の讃美歌を立って歌うというのは、やや抵抗があるかも知れませんが、礼拝の多くの時間は共に座っている時間でありますので、今年度は、ぜひこの歌をよく歌いこんでいきたいと思っています。
 以前の口語訳聖書では、
「見よ、兄弟が和合して共におるのは
いかに麗しく楽しいことであろう。」

という言葉でありました。これもまた美しい言葉です。新共同訳聖書の「なんという恵み、なんという喜び」という表現は、喜びの感動がじかに伝わってくるようです。
 この詩編はきっと、争い憎しみが耐えない世界で作られた歌でありましょう。肉親の兄弟でも、一緒に座って食事をすることが何と難しいことか。心が通いあわない。旧約聖書そのものが、兄弟の争いの話で満ち溢れております。創世記の4章において、すでにカインとアベルの兄弟殺しの物語が出てきます。アブラハムの息子は、ハガルによるイシュマエルと、サラによるイサクですが、この二人の異母兄弟は、親によって引き裂かれた兄弟でした。イサクには、エサウとヤコブという双子兄弟の息子がいましたが、ヤコブはエサウをだまして祝福を奪い取り、エサウはヤコブを殺そうとする、一触即発の事態に陥りました。ヤコブには12人の息子がおりましたが、兄弟11番目のヨセフは兄たちに殺されそうになりました。最悪の事態は免れましたが、兄たちにエジプトへ行く商人に売り渡されてしまいます。そのようにたどっていきますと、「兄弟が共に座っている」こと自体がいかに困難なことであるかを思うのです。
 皆さんの中には、もちろん仲のいい兄弟もおられると思いますが、そのように兄弟の和合が実現しているということは、実はそう当たり前のことではない。それはまさに「なんという恵み、なんという喜び」であるかと思います。

(4)三つのたとえ

 この詩編の詩人は、その恵みを三つのたとえで表現しています。
 一つ目は「かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り」という情景。「頭に油が注がれる」というのは、一般的な意味では、豊かさ、恵みの象徴でありましょう。特別な意味だとすれば、それは即位式です。王や大祭司の即位式には、頭の上に油が注がれました。「油注がれた者」というのはヘブライ語ではメシア、ギリシャ語でキリストとなります。受難物語の最初に、ある女性がイエス・キリストの頭の上に香油を注いだという物語がありますが、それは期せずして、イエス・キリストの王としての即位式、大祭司としての即位式を行ったという意味が隠されているのです。
 二つ目は、そのかぐわしい油が「衣の襟に垂れるアロンのひげに滴り」とあります。アロンとはモーセの兄弟であり、その末裔、アロン家の人々が祭司の家系になりました。
 長く垂れるあごひげは男性の麗しさと威厳のしるしでありました。レビ記21章5節によれば、それは「剃ってはならない」とされていました。ですから祭司のひげは、服の襟元まで垂れていました。
 三つ目は「ヘルモンにおく露のように、シオンの山々に滴り落ちる」という言葉です。地理的に言えば、ヘルモンというのはレバノン山脈の最高峰であり、シオンというのはエルサレム近辺ですから、かなり隔たっています。ヘルモンの露がシオンの山々に滴り落ちるというのは、やや無理があるようにも聞こえかねませんが、ヘルモンというのはこのユダヤ・パレスチナ地方の頂きと考えられていましたから、まずそこにおりた露がイスラエル全体に及んでいく、広がっていく、というイメージを思い浮かべれば、よいのではないでしょうか。いずれにしろ、神の恵みはそのように上から滴り落ちて広がっていく。もったいない程に、落ちてくる。そしてアロンの服に滴り落ちるように、シオンの山々に滴り落ちるように、私たちの上にも注がれているということです。そのようにして、主なる神は、「祝福ととこしえの命を」(3節)宣言されるのです。
 さらにイメージを広げるとすれば、このかぐわしい油はイエス・キリストに注がれ、そのシオンの山々から世界中の山々に滴り落ちている。アロンの服、イエス・キリストの服を通って、私たちの上にもとどまっているのです。私たちのこの礼拝も、そのように滴り落ちるような神の祝福のうちにある。とこしえの命が約束されている。そうした中で守られていることを心に留めましょう。
 私たちは、今年度から毎月第二日曜日の礼拝の中で、子ども祝福の祈りを始めることになりましたが、兄弟だけではなくて、子どもたちが共に座っていることは、「なんという恵み、なんという喜び」であるかと思います。
 さらに私たちは、この4月から、座席に座った状態で主の聖餐にあずかることになりましたが、兄弟姉妹と共に座って聖餐にあずかる時にも、「なんという恵み、なんという喜び」であるかを、深く心に刻みたいと思います。

(5)共に喜び、共に泣きなさい

 さて、新約聖書から今年度の聖句として掲げたのは、ローマの信徒への手紙12章15節の「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」という言葉です。「兄弟が和合して(仲むつまじく)共に座っている」ことが難しいように、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」ことは、容易なことではありません。
 ローマの信徒への手紙の12章以下は、倫理、クリスチャンはいかに生きるべきか、という内容です。この部分(12章9節以下)を、「愛には偽りがあってはなりません」と書き始めました。「人を愛する」と言っても、その愛はいかに偽りに満ちているか。まことの愛を実現するのは難しいことです。真実にそれができたのは、イエス・キリストのみでありましょうが、私たちもそのイエス・キリストの愛を模範として、それに倣って、愛に生きることに努めなければなりません。パウロはそれを踏まえて、この真実な愛を実践するために、このように続けるのです。

 「悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい」(9〜12節)。

 一つ一つ味わい深い奨めです。これらを心がける時に、まことの神の家族が形成されていくのでしょう。
さらにパウロは、こう続けます。「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。」この当時の教会にも、恐らく貧しい人がたくさんいたことでしょう。また外からも助けを求めて訪ねてきた貧しい人も多くあったのでしょう。パウロはその人たちを「聖なる人」と呼ぶのです。なぜならば、その人を通して、キリストが私たちに出会おうとしておられるからです。
 さらに「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません」(14節)と奨めます。これも興味深い言葉です。
 「迫害する者」とは教会の外の敵なのか。それとも教会の中に、「迫害する者」がいたのか。教会の中で、教団の中で、お互いに傷つけあうことが起きる。しかしそれが教会の中であれ、外であれ、自分にいやな言葉を投げかけたり、傷つけたりする人であっても、その者のためにも祝福を祈れというのです。呪ってはならない。なぜならば、その人もイエス・キリストが愛された人である。その人のためにもキリストは祈り、命を捨てられたからです。そのようにしてキリストという家長にさかのぼって考える時に、私たち同士の和解も成り立つのではないか。
 そして私たちの標語、「喜ぶ人共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(15節)という奨めに到達します。相手の心を自分の心とするということです。「互いに思いを一つにし、高ぶらない。」いい言葉ですね。
 さらに「身分の低い人と交わりなさい」(16節)。今日のように身分、家柄がないはずの社会においても、私たちは人をしばしば品定めします。あの人はこういう人。この人はこういう人。そこには家柄のほかに、学歴やどれくらいお金持ちかということも関係してきます。しかし教会というところは、そういうこの世の価値基準から自由にされるところであります。またそうでなければならないところです。すべての価値がはがされてはじめて、外では見えないその人が本当にもっている価値が、見えてくるところです。
 「自分を賢い者とうぬぼれてはなりません」(16節)。私は、これはパウロが自分自身に言いきかせるようにして書いていたのではないかと思います。パウロという人は、頭のいい人、そして家柄も、学歴も、すべて持っていたような人でありました。だからこそ、自分自身に謙虚にならなければならないという思いを持っていたのでしょう。
 「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい」(17節)。イエス・キリストの「敵を愛せよ」という教えに通じます。パウロは、当然、それを知っていたのでしょう。
 「できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい」(18節)。平和の実現。「共に座っている」こと、「共にテーブルに着く」ということがいかに難しいことであるか、パウロはよく知っていた。だから「せめてあなたがたは」と訴えるのです。
 「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」(19節)。私たちは時々、正義感に満ちて、自分で正義を実現しなければならないと、突っ走ることがありますが、「それは神様のわざだ。あなたがたはすべての人々と平和に暮らす。神の家族の一員であることを覚えて、それを実現する。それがあなたがたの務めだ。私の務めと混同してはならない」と言うのです。「あなたの敵が飢えていたら食べさせなさい。」(出エジプト)。「ざまあみろ」と思ってはいけない。そうしたところでこそ、助けてあげることによって、新しい道が開けてくるのでありましょう。このようにして、神の家族が教会の中で実現すると同時に、外へ外へと、神の家族の和が広がっていくのです。

(6)われら主にある一つの家族

 私たちは、この世界全体が一つの神の家族であるということを、心に留めなければなりません。この世界には、たくさんの家族がある、というのではないのです。「こちらはキリストの家族。こちらは他の宗教の家族。」そういうのが連立しているというのではありません。少なくとも私たちクリスチャンは、神様はお一人である、ということを知っています。ですから名前は違っていても、すべて、この神様のもとで、一つの神の家族であるという意識を、私たち自身が持たなければならないのではないでしょうか。
これから歌います『讃美歌21』の369番は、こう歌います。

「われら主にあるひとつの家族。
青い地球の 神の世界で
共に苦しみ、共に喜ぶ」

 この神の世界で、共に苦しみ、共に喜ぶ。
それはひとつの教会の中で、実現していくべきものであると同時に、世界全体の中でそれを心に留めましょう。その根源にはイエス・キリストの十字架があります。

「和解もたらす主の十字架よ
憎い敵さえ 愛する友に
変わり始める 神の世界よ」

 この1年、神の家族という言葉のもとに、教会の交わりを深め、開かれた教会が世界に向かって伸び、一つの大きな家族であることを心に留めて過ごしてまいりましょう。


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