〜出エジプト記講解説教・続編(1)〜
申命記7章6〜15節
ローマの信徒への手紙5章5〜11節
2007年3月4日
経堂緑岡教会 牧師 松本 敏之
私たちは2月に出エジプト記を読み終えた訳ですが、あと3回ほど、その後の出エジプトの民の歩みとモーセ物語をたどってみたいと思います。
聖書では、出エジプト記の後、レビ記、民数記と続きます。この二つは、旧約聖書の中でも最も敬遠される書物、読まれることの少ない書物ではないでしょうか。
出エジプト記は、シナイ山のふもとに幕屋が完成したところで終わっておりました(出40:33)。レビ記は、この会見の幕屋から神がモーセを呼ぶところで始まり、最後までシナイ山のふもとの話が続きます(レビ27:34)。こうした場面設定の中で、救いと契約とおきてと礼拝所の物語、さらに具体的なイスラエルの生活の指針を述べています。犠牲のことから衣食住のきよめのことまで、また祝祭日のことから労働や土地のことまで、さまざまな方面にわたって指示を出している。それがレビ記の内容であります。
レビ記(Leviticus)という名前は、イスラエルの民の中のレビ族から取られています。レビ族というのは、正統的祭司の家系とされており、またこの書物が「祭司のつとめに関係したことが多い書物」ということで、レビ記と命名されたのでしょう。それ以上の意味はないようです。
それに続くものが民数記です。まず民数記という名前は、最初に人口調査の記事が出てきますので、そこから付けられたものです。ちなみに英語の聖書では単純にNumbers と言います。出エジプトの旅、荒れ野の40年の旅、と言いますが、実を言えば、地理的にも時間的にも、そのほとんどは民数記の中の出来事であります。出エジプト記の最後に申し上げましたが、出エジプトの出来事から最後の幕屋建設の開始までは、たったの1年間であります。レビ記は更に短く、たった1ヶ月の出来事、申命記にいたっては(34章を除くと)、たった一日の出来事とされています。
そこからしてもわかるように、民数記というのは、それらを引いた約39年間のことを記しているのです。シナイ山から「約束の地」までの距離はわずか数百キロの道のりです。それをどうして39年も費やすことになってしまったのか。エジプトからシナイ山までと、シナイ山から約束の地カナンまでの距離はほぼ同じですが、前半は約3ヶ月でした。そこから彼らは、ヨルダンの東側へ回り道をして、ネボ山でモーセは息絶えることになります(申34章)。そのように回り道しなければ、もっと早く行けたはずでありましょう。民数記は、そうした事情についても述べています。
本当は、彼らはもっと早く約束の地カナンに入れると思っていました。何よりも最初の人口調査そのものが、約束の地に入る準備でありました。「ここには何人の人がいる。あそこには何人の人がいる。」ところが、彼らはそこで、エジプトをあとにしたあの時と同じように、つぶやき始めました(民11章)。そのようにして団結を乱します。「ああエジプトにいる時の方がよかった。なんでこんなところへ来てしまったのか。」カナンの地の様子を聞き、おじけづき、神様を疑います(民13章)。そしてエジプトで奴隷であった時の方がよかったと言い出し、挙句の果てに、無謀な行動に出ようとします。別のリーダーを立ててエジプトへ帰ろうと言うのです(民14章)。このようにして、約束の地カナンへ入るチャンスがあったのに、一挙に40年も遠のいてしまったのでした。
そして民数記の終わりのところでようやく、イスラエルの人々は、「約束の地」カナンの入り口までたどり着きます。モアブの地の北の果てです。
このところでモーセは、長かった荒れ野の旅を振り返り、あの十戒に始まりますシナイの契約の精神を、もう一度説き聞かせます。十戒ももう一度、出てまいります(申5章)。そしてモーセは、イスラエルの人々に、それを守るようにと遺言のように語り、死んでいく。それがいわば申命記の内容であります。
私はやはりここまで語らないと、モーセ物語を中途半端に終えるような気がしましたので、申命記を数回取り上げさせていただくことにしました。ちなみに申命記という名前の「申命」というのは重ねて(申)、命じるという意味だそうです(英語ではDeuteronomy
)。ですから、申命記は、全体がモーセの告別説教のようなものと言ってもいいかも知れません。
さて、その中で、今回と次回は、その契約の中で、最も大事だと思われる箇所、モーセの遺言というにふさわしい箇所を選んで、読むことにしました。美しい、そして心のこもった言葉であります。そして美しいだけではなく、内容的にも、とても重要な意味をもった箇所であります。
この最初のところで、モーセはこのように語り始めます。
「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である」(申7:6)。人間の目から見たら、とても聖なる民とは言えない。これは、人間の側の、道徳的な潔さではありません。神様が聖なる民とされるのです。
使徒信条の中にも「(我は)聖なる公同の教会、聖徒の交わり(を信じず)」という一文があります。私たちの教会は、果たして「聖なる教会」と言えるだろうか。この世的視点から見れば、とてもそんなことは言えない。しかし神様が教会を選び取って聖なるものとされたのです。神様の聖さのゆえに、「聖なる教会」と宣言されるのです。それは理想の教会を描いているのではなく、私たちが属している実際のこの世の教会、例えばこの経堂緑岡教会が「聖なる教会」であると、私たちは信じるのです。
教会もまた神の民ですが、その最初の神の民として召されたイスラエルの民、それがここで「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である」と宣言されているのです。
「あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた」(申7:6)。「選び」「御自分の宝の民とされた。」何と美しい、そして力強い言葉でしょうか。
「主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに、主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである」(7〜8節)。
約束の地カナンに入ろうとする民に向かって、モーセは一番大切なことを、今一度思い起こさせようとします。自分たちにそれだけの価値があったわけではない。貧弱な民であったではないか。しかし愛のゆえに、そして先祖への誓いのゆえに、あなたたちを選び出されたのだ、というのです。
聖書の神様は、実に不思議なことをなさるお方です。この出来事においても、イスラエルの民のその後の歴史においても、イスラエルという滅びゆくような小さな民を、神の民として召し、「宝の民」とされるのです。
イスラエルのまわりには、いつも大国がありました。この時代には、エジプトがありました。その後には、アッシリア、バビロニア、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、そういった古代オリエント、地中海世界の覇者、それらすべてに踏みにじられてきた小さな民族であります。苦難に次ぐ苦難の中で、その中でこそ、神の民が形成されていった。それと同時に、神の言葉、「聖書」が形成されていったのです。この共同体とこの神の言葉、聖書は、今日にいたるまで、世界全体の命と光となり続けてきたのです。
神様は、ごく小さな民族に、ご自分の計画、世界の運命を託されたと言ってもいいのではないでしょうか。神様の選びというのは、私たちの選びとは違います。私たちが何かを選ぶ時には、そこにどういう価値があるかを見ます。大きなものとか、美しいものでとか、賢いものとか、そこに何らかの価値を見つけて、それを選んでいくものであります。
しかし聖書の神様はそうではない。むしろ、その尺度で言えば、ちょうどそれを逆にしたようなもの、貧しいもの、低いもの、愚かなものをあえて選ぶ。それは自分自身が誇ることがないためである、と言うのです。選ばれたがゆえに、そこにある。神様は、そこにご自分を委ねていく。言葉を、その愚かなもの、貧しいもの、低いものに委ねていく。そのようにして聖書の信仰が語り継がれ、運ばれ、担われてきたのです。
「心引かれて」という言葉が7節にあります。これは、前の口語訳聖書では、「愛して」となっていましたが、8節の「主の愛」の「愛」と違う言葉が使われておりました。その違いを表すために、新共同訳聖書では、「心引かれて」と別の言葉に訳したのかと思います。この言葉は、本来は、あまり聖書に似つかわしくないような恋人同士が相手を慕い求める時の気持ちを表す言葉だそうです。「あなたが好きだ!」ということです。旧約聖書では全部でたった11回しか用いられていません。「主が心引かれてあなたたちを選ばれた」。
いわば、そういう人間的な赤裸々な言葉を、重大な選びの説明のところで用いているのです。イエス・キリストが、私たちの世界に送られたのも、神様が私たち一人一人に、「心引かれて」なさったのです。男女の愛のことで言えば、心が乱れるような、ざわざわするようなそういう思い、いても立ってもいられないという思いと様子を、表していると思います。
この神の民の選びというのは、私たち、ここに集っている一人一人、クリスチャンとして召され、教会の中に入れられている、その選びに通じるものであります。
私たちがここに集められたのは、どういうことなのか。なぜ、自分はクリスチャンとされたのだろう。それぞれ自分なりの決断があったに違いありません。小さい頃から教会に来ている人も、ある時、決心をし、信仰の告白をして、クリスチャンとなられたでありましょう。しかしよく考えてみれば、自分なりに説明はできるけれども、同じ経験をしても、みんながクリスチャンになるわけでもない。そこには、神様の選びがあった。しかもその選びとは、自分の中に価値があるからではなく、ただ神様がそれを望まれたから、自分はここにあるということではないでしょうか。自分の信仰を振り返る時に、そのことに気づくものであります。
「宝の民」とあります。「宝物」とは一体、どういうものでしょうか。この世の価値観から言えば、「宝石」や「不動産」、あるいは「才能」など客観的な価値のあるものでしょう。しかし本当の宝物というのは、必ずしも金銭的価値があるものとは、言えないのではないでしょうか。皆さんは、どんな宝物をお持ちでしょうか。「自分の宝物って、一体何だろうな」と考えると、それは必ずしも、売って幾らになるとかいうものではないのではないでしょうか。
そのように、私たちが心を注いでいるかけがえのないもの、他の何物によっても置き換えることができないもの、それが宝物であります。「自分の家族」が宝だという方ももちろんあるでしょう。ある「もの」が、かけがえのない思い出と共に、宝物となっているという方もあるでしょう。何らかの意味で、そこには人格、思い入れがかかっているのです。神様がイスラエルの民をご自分の宝の民とされたというのも、そこに神様の人格がかかわっているのです。愛して、愛してやまない。どうしても見過ごすことができない。そのような愛が一貫してイスラエルの民に注がれ、そして聖書を貫いて、私たちにも注がれているのです。
イザヤ書の中に、「わたしの目にあなたは価高く、貴い。わたしはあなたを愛する」という言葉があります。他の人の目にはどう見えようとも、私の目にはあなたは貴いのだ。この神様の愛がイエス・キリストに注がれ、そしてイエス・キリストを通して、私たちにも注がれているのです。
今は、受難節です。イエス・キリストの最後の歩み、受難の出来事に、特別に目を向ける季節であります。まさに神様の愛は、このイエス・キリストの十字架の中に集約して現れていることができるでしょう。
先ほど読んでいただいたローマの信徒への手紙5章にこういう言葉がありました。
「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった」(6節)。「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」(8節)。
私たちが召されて、このように群れの中におかれている。これも不思議な神様の選びによるものであります。イエス様は、「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」(ヨハネ15:16)と言われました。神様の愛がそこにあります。私たち一人一人、自分を振り返り、それに価しないものであることを自覚しながら、そこで自分が神様の愛を受け、それによって生き、交わりが与えられ、それによって救いと希望が与えられていることを喜びたいと思います。