起きて歩け

〜ルカ福音書による説教(24)〜
詩編32編1〜11節
ルカによる福音書5章17〜26節
2009年2月15日
経堂緑岡教会  牧師  松本 敏之


(1)うわさを聞いて駆けつけた人々

 イエス・キリストは重い皮膚病を癒してあげた人に向かって、「だれにも話してはいけない」と言われましたが(14節)、それにもかかわらず、主イエスのうわさはますます広まっていきました(15節)。そのうわさはガリラヤとユダヤの全土、そして都エルサレムにまで届いていたのでしょう。しかるべき宗教的権威をもった人たちが、そのうわさの真相を確かめるべく、イエス・キリストのもとへぞくぞくと集まってきました。
「ある日のこと、イエスが教えておられると、ファリサイ派の人々と律法の教師たちがそこに座っていた」(17節)。
 その真意はさまざまであったことでしょう。最初から憤りに満ちて、イエス・キリストを陥れようとして来た人もあったでしょうが、「もしかしたら、この人こそメシアかも知れない」という期待をもって来た人もいたかも知れません。
 イエス・キリストが「人よ、あなたの罪は赦された」と言われた時、律法学者たちやファリサイ派の人々はあれこれ考え始めた(21節)とあります。つまり彼らの心に波紋を起こしたのです。その直後に、「神を冒涜するこの男は何者だ。ただ神のほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか」(21節)とありますので、そのほとんどの人は、否定的に受け止めたのでしょうが、単純にびっくりして戸惑った人もいたことでしょう。
 イエス・キリストの言葉と存在は、そのように、私たちの心に一石を投じ、波紋を呼び起こすものであると思います。それに対して、私たちがイエスと言うかノーと言うか、そういう判断を迫ってくるのです。
 ここには、何種類の人々かが集まっています。そしてそれぞれの形で、イエス・キリストに向き合っております。律法学者たちとファリサイ派の人々については、先ほど述べたとおりですが、ここにいる圧倒的多数の人々は無名の群集です。彼らは、立錐の余地もない程、大勢集まっています。彼らもイエス・キリストのうわさを聞きつけて来たのでしょう。彼らは、律法学者たちやファリサイ派の人々と違って、何かを期待してきていたことでしょう。「主の力が働いて、イエスは病気をいやしておられた」(17節)とありますので、病気を治して欲しいという人が多くいたでしょうが、ただ奇跡を見たいという人、スーパースターに出会いたいという人もいたでしょう。真剣に、イエス・キリストに従いたいという人もいたかも知れませんが、表にはあらわれてきていません。

(2)引き下がらない人たち

 そうした中で、少し違ったタイプの人々が登場します。
「すると、男たちが中風を患っている人を床に乗せて運んで来て、家の中に入れてイエスの前に置こうとした」(18節)。
 彼らも、この群集と同じようにイエス・キリストのご利益に与りたいと思って、やって来たのかも知れません。しかし「本気度」が違っていました。彼らは、そこで中に入れないからと言って、引き返すことはしません。何としてでも、この中風の人を診てもらいたいという強い思いがあった。「何としてでも」と言うのは、「どんな手段を使ってでも」ということです。それは「許される範囲で」などという条件なしです。「何としてでも、イエス・キリストの前に、この病気の友人を連れて行きたい。」その熱意が、彼らをとんでもない行動へと促します。
「しかし群集に阻まれて、運び込む方法が見つからなかったので、屋根に上って瓦をはがし、人々の真ん中のイエスの前に、病人を床ごとつり降ろした」(19節)。
 いかがでしょうか。これは完全に「許される範囲で」ということを超えています。
当時のパレスチナ地方の一般的な家の造りは、平屋で、内は家族の住む場所と家畜の場所に二分されていました。屋根は木の枝で作られた梁の上に葦やしゅろの葉を並べ、その上に粘土でつくった瓦を置いていたと言われます。屋根をはぐことは、数人の男たちが必死にやれば、不可能なことではなかったようです。ルカはここで、「瓦をはがし」と書いていますが、これはマルコにもマタイにもない表現です。そこには、ルカ自身のギリシア・ローマ的な背景(瓦の家が多かった)が反映されているのではないか、と言われます。

(3)その「信仰」を見て

 さて、イエス・キリストの真ん前に、するするっと床に寝かされた男がつり降ろされてきたわけですから、イエス・キリストもまわりにいた人もびっくりしたことでしょう。そこでイエス・キリストは、どうなさったでしょうか。
 「イエスはその人たちの信仰を見て、『人よ、あなたの罪は赦された』と言われた」(20節)。
果たして、彼らの行動は「信仰」と言えるのでしょうか。その「信仰」とは、はなはだ身勝手なものです。人の家の屋根まではがすとは、他人の迷惑も顧みない、非常識な行為であったでしょう。しかしそこには先ほど申し上げた「何としてでも」ということがあった。「何が何でも友人を、イエス・キリストの前に連れて行くという熱い思いと、このお方であれば、何とかしてくださるに違いないというイエス・キリストへの信頼がありました。
 そして彼らの大胆な行動にもまして、そのような行動の中に、イエス・キリストが「信仰」を見てくださったということに、もっと大きな意味があるように思います。
 日本人はしばしば「人様に迷惑をかけない」ということを一人前の人間の基準といたしますが、私たちは多かれ少なかれ、人に迷惑をかけて生きているものです。むしろそのことをどれだけ自覚しているかの方が大事ではないでしょうか。私たちが人に迷惑をかけないような人間だったら、別にイエス様は必要なかったのではないでしょうか。イエス・キリストご自身も「丈夫な人に医者はいらない」と言われました。私たちが「自分は誰にも迷惑をかけていない」と思っている限り、イエス・キリストと触れ合うこともないでありましょう。

(4)とりなし

 もうひとつ大事なことは、彼らの行動は、自分のためではなく、人(友人)のためであった、ということです。彼らは自分の病気のためにやったのではない。その中風の友人が何とか癒されるように、という思いで、イエス・キリストの前につれてきた。こういう行為のことを「とりなし」と言います。英語では「インターセッション」。つまり誰かと誰かの間でする行為です。「とりなし」とは、誰かに代わって何かをしてあげることです。その人が自分で神の前に出られない時、あるいは自分でイエス・キリストの前に出られない時、その人を神の前、イエス・キリストの前に連れていってあげることです。自分で祈ることを知らない人のために、代わりに祈ってあげることです。イエス・キリストは、そのとりなしを受け入れ、とりなされた人の上に、大きなわざをなしてくださるということをこの物語は示しています。
 ここでは、この中風の人が信仰をもっていたかどうかは何も書いてありません。あったかも知れないし、なかったかも知れない。もしかすると、この中風の人が熱心に頼んで、友人たちがそれに応えたのかも知れませんし、勝手に連れてこられて、何だかわからないうちに屋根の上にあげられて、気がついたらイエス・キリストの前に置かれていたのかも知れません。いずれにしろイエス・キリストは、その中風の人の信仰ではなく、その友人たちの「信仰」をご覧になったのでした。

(5)「あなたの罪は赦された」

 イエス・キリストは、そこで先ほどの言葉をかけられました。
「人よ、あなたの罪は赦された」(20節)。
 この言葉は、中風の人にしても、彼を連れてきた人にしても、意外な言葉であったと思います。彼らが期待していたのは、「罪の赦し」ではなく、この中風の人が治って歩けるようになるということであったからです。それも、後で実現してくださるのですが、その前にイエス・キリストは「罪の赦し」を宣言されました。どうしてでしょうか。それは、イエス・キリストがこの世界へ何をしに来られたかということと関係があると思います。
 人は遅かれ早かれ、みんなやがて死んでいきます。もしも病の癒しということが、イエス・キリストの主な仕事であったとすれば、(その時はいいかも知れませんが、)その人の死をもってすべてが終わるような事柄に過ぎなかったでしょう。本当に大事なことは、その人が新しくなって出発をするということであると思います。
 マタイによる福音書では、「子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される」(マタイ9:3)という言葉になっています。あなたも神の子として、受けとめられているということでありましょう。
 この当時、病気は罪の結果であると考えられていました。ですから、重い病気の人は、病気の苦しみと、人から「それは罪のせいだ」と見られるという二重の苦しみを抱えていたのです。それは前回の重い皮膚病の人のいやしの時にも、少し触れました。
 ただし、このことは注意して聞かなければならないと思います。何か悪いことをしたから中風で苦しんでいたように受け取られる恐れがあるからです。罪と病気とは、そのように単純に結びついているのではありません(ヨハネ9:3参照)。ただ病人自身が、「罪のせいでこうなっている」と思い込み、まわりの人からもそう思われていた状況の中で、まず「罪の赦し」を告げられたのではないかと思います。あるいは先に病気が癒されてしまったら、もう有頂天になって、あとは聞く耳を持たないだろうから、ということもあったかも知れません。
 しかしこの「あなたの罪は赦された」という言葉は、本当は病気の人だけではなく、すべての人に告げられている福音であります。極端なことを言えば、イエス・キリストはこの言葉を告げるために、この世界に来られたのでした。私たちは、主イエスのこの言葉を聴くことによって、元気を出して新しい出発をするのです。
先ほど詩編32編を読んでいただきましたが、この詩編も罪の赦しについて語っています。

「いかに幸いなことでしょう
背きを赦され、
罪を覆っていただいた者は。
いかに幸いなことでしょう
主に咎を数えられず、
心に欺きのない人は。」
「わたしは罪をあなたに示し
咎を隠しませんでした。
わたしは言いました
『主にわたしの背きを告白しよう』と。
そのときあなたはわたしの罪と過ちを
赦してくださいました。」
(詩編32:1、2、5

パウロもこう言っています。

「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へと召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。」
(フィリピ3:13、14)

(6)癒しと罪の赦し、どちらが易しいか

 イエス・キリストは、律法学者やファリサイ派の人々の考えを見抜いて、「何を心の中で考えているのか。『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」(23節)と言われました。一見単純な質問のようですが、実のところ、どちらが易しいのでしょうか。
 事柄そのものを比較すれば、先ほど述べましたように、「病の癒し」よりも「罪の赦し」の方が重大な事柄であると思います。しかし言うだけであれば、「あなたの罪は赦された」という方が易しいでしょう。癒されたかどうかは、すぐに結果が出てしまいますが、罪が赦されたかどうかは、すぐにはわからないからです。簡単であるだけに、無責任に安易に罪の赦しを宣言することは、律法学者が思ったように、神を冒涜することです。
 イエス・キリストは、表面的により難しく見える「病の癒し」をなさることによって、本当はより困難な「罪の赦し」の権威をもっておられることを示されたのでした。
「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」(24節)。

(7)床を担いで

 そして中風の人に向かって言われました。
「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」(24節)。
 彼は、イエス・キリストの言葉どおり、起き上がり、床を担いで家へ帰っていきました(25節)。これまでは、「床」が彼を担いでいましたが、今は起き上がり、逆に、彼がその床を担いで歩き始めたのです。「床」は彼の苦しみの象徴であり、これまでの人生そのものでした。彼は、もとの家に帰って行ったわけですが、これまでとは全く違った人間となっていました。「神を賛美しながら家に帰って行った」(25節)とあるとおりです。人々も、皆大変驚き、神を賛美し始めました(26節)。
 さてこの物語は、まさに私たちが教会において経験することを語っているのではないでしょうか。私たちは教会に集い、「あなたの罪は赦された」というイエス・キリストの宣言を聴いて、新しくされて、困難を自ら担う勇気と力を与えられて、もとの家へと帰って行くのです。それが礼拝だからであります。私たちもまた、そういう風にイエス・キリストと出会い、新しく造り変えられて、神を賛美しながら帰って行きたいと思います。


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